オイ お前どろぬまだろッ

現実世界を直視する事を放棄し続け手遅れおじさん

クソデカお気持ちクソ長文ツール・ド・フランス2021レポ

(某ネトゲのコミュニティサイトの日記で書いたものなのだけど、どうにもそのまま埋もれさせるよりは、ここに置いておきたいと思いポストしました。なので目次とか、脚注とかはありません。なお、本文は、作成された2021年の夏頃の情報を基にしておりますので、事実関係その他諸々の齟齬に関してはご勘弁を。)

 

 

 

 

誰がツール・ド・フランスに帰ってきた?
誰が彼の勝利の雄叫びを再び聞けると想像していた?
誰が時の流れには逆らえないと肩を落としていたのか?

だけど、皆がその時が来るのを待っていた。

 

マーク・カヴェンディッシュ 復活

 

 

 どうも僕です。ごきげんよう
 夏の風物詩、ツール・ド・フランスも終わり、やっと気分が日常に舞い戻ってきました(今大会も選手チーム関係者大会運営スタッフから、ひとりの陽性者も出す事なくパリまで到達する事が出来ました)

 

 200名に及ぶ選手たちが、肩が触れ合う程密集した状態で40km/hものスピードで街から街へ、公道を自転車で駆け抜ける、文字通り”フランス一周の旅”をするこのスポーツは、支えている多くの人たちの熱意によって”レースバブル”(大会関係者を物理的に外部の人間と隔てて運営する手法。アメリカだとNBAがいち早く取り入れた事で有名)が維持されており、その様子は自転車競技を知らない日本の人たちにとって想像をする事からして容易ではないと思われます。


 そして、世界一観客との距離が近いスポーツなので、当然興奮したたくさんの観客が手の届く位置で応援をし、時にはそれが原因での衝突事故も起こったりもします(ツールを知らない人も看板持って選手とぶつかったオバサンのニュースは観たと思う)。

参考資料

 

 優勝候補のライバルと目されるプリモシュ・ログリッチ(愛称ログラ)が所属するユンボヴィズマは

 前述の迷惑観客の妨害が原因で、ベストメンバーと評判だったチームのアシスト選手(自転車ロードレースは、チーム一丸になって一人の選手をアシストして勝たせるというちょっと特殊なスポーツ)の二人を三週間の大会の第一週目で失い、悪い流れを引き摺ったままエースのログラ自身も度重なるトラブルで大会から去る不運に見舞われたり……距離が近いが故の難しさに悩む事に。

 

 ディフェンディングチャンピオンのタディ・ポガチャルの最大のライバルと目されたログラが早々に戦線を離脱した事で、もはやドしらけ倒した感の強い総合優勝戦でしたが、その最中で一際世界中のツール・ド・フランスのファンをアツくさせた男がいました(前フリ長過ぎじゃねえかお前?)。

 

 

世の曰く、マン島のミサイル
トラック競技では世界選手権を三度制覇し
ロードレースにおいても三大グランツールで勝ちまくり
ミラノ~サンレモ(全長294kmからなるワンデーレース)を圧勝し
こちらでも世界選手権を勝ち取り

若くしてスプリンターとして走るレースの殆どで優勝を飾った男

 

マーク・カヴェンディッシュ

 決して自転車選手として恵まれていたわけではない身体ながら、あらゆる強豪を抜き去る爆発的な加速力を武器にして、世界中を魅了してきた男。

 

 

 

 ……しかし、やがてそれは過去の話となった。
 新勢力の台頭、相次ぐ落車、法廷闘争にまで発展したライバルとの確執、伝染性単核球症による不調
 排他的な田舎出身の素朴な性格は、栄光で慢心を抱え、慢心は油断を生み、油断は焦りへと変わり、焦りは視野を狭くし、そして周囲からのプレッシャーが頭の中を埋め尽くすと、もはや彼は自分すらも見失う負のスパイラルに陥っていた。

 かつて己を最強の存在へと引っ張ってくれた頼れる仲間も、時の流れと共にそれぞれの道を歩み袂を分かち、いつの間にか自分は、その扱いに所属チームすら眉をひそめる、ネームバリューという厄介な荷物をスーツケースに入れて世界中をドサ回り同然で飛び回るだけの孤独な元エースとなっていた。

 並み居る世界中の名選手に「アイツに勝てる方法があるなら教えて欲しい」とまで言われたのも、もう10年前。

 もう潮時なのかという思いが己の頭を過った時、かつての世界最速の男は、インタビュー中にも憚らず力なく泣き崩れた。

 かつてシャンゼリゼを圧倒的なスピードで駆け抜けたその姿に魅了されたファンも、少なからずキャリアの終わりを意味する二文字を思い浮かべただろう。

 

 だが、本当にそうなのだろうか?思いの壁を作るのは常に自分である。
 平地を制するスプリンターにとっての困難な道と言うと、それはきつい山岳の登りとでもしようか。
 辛い坂道で足を付いて良いと言われれば、思わずその身をサドルから下ろすかもしれない。

 破裂しそうな程にバスドラムを叩く心臓、脳をかき回されたかのような吐き気、口の中に広がる鉄の味。
 自分の体とは思えない程に重苦しい首を伸ばし、ふと峠道から下界を見下ろすと何が見えるだろう。

 

 この乗り物は、自分でペダルをこがなければ1mmだって進まない。だけど、どんなにゆっくりでも、軽いギアでも、乗り続ける限り、自転車はどんな峠のてっぺんにだって行けるし、いるべきところに帰る事が出来る。

 

 2021年、コロナ禍で未だ世界が混乱する中、カヴェンディッシュは再び始動した。
 かつて所属していたチームとの、自らが獲得したスポンサーを手土産に、無給で構わないという交渉だった。
自転車競技に於いては、時にスポンサーを持ってこられる事が実力以上に評価される。この場合はスポンサーが彼の給料を払うという条件を提示した……らしい)

 近年では、その勝利への貪欲なスタイルで "狼の狩り=ウルフパック" と他のチームから恐れられるベルギーの常勝チーム、ドゥクニーニンク・クイックステップ
 正直なところ、チームのGM=パトリック・ルフェーヴルにとっては、現状でも過剰戦力と言えるレベルでタレントが揃ったチームだけに、かつてのスター選手の扱いには困ったのではないかと思われる。

 

 だが、時の流れを言い訳にする事をやめた男は、自身のキャリアの終わりを悟った会見から八ヶ月後の、ツール・ド・フランス第4ステージで(奇しくも六年前に同じチーム、同じゴール地点でステージ勝利を飾っていた)、その瞳に灯した炎は未だ消えていなかった事を世界に証明した。

 プロ通算152勝、ツール・ド・フランスに於いては31勝目

 久々の勝ち名乗りを挙げた36歳のベテランを、フィニッシュ後のチームメイト、そしてライバル選手たちがこぞって称賛した。
 もう集団には、カヴェンディッシュに憧れてプロになった選手だっている。

 その響きが陳腐に聞こえる程の”どん底の苦労”を味わった男は、疲れ果てた様子で地面に腰を下ろして、そしてまた泣き崩れた。

 ド派手な役回りなだけに、気持ちのノッたスプリンターは強い。
 過剰なまでに伸し掛かる重圧や、ライバルの執拗なマークにも柔軟に対応する。
 あらゆる勝利を重ねてきた大ベテランであるカヴェンディッシュにとって、そんな横綱相撲はかつての日常であった。


 その後も、自身が初めてのツール・ド・フランスで勝利したシャトールーの第6ステージ

初勝利の当時とまったく同じガッツポーズである。

 

 完全無欠のチームワークで、ライバルを誰一人として並ばせなかった第10ステージ

 フィニッシュ地点までエースを”運ぶ任務”をやり遂げたアシストが、エースの勝ち名乗りよりも先に拳を高く掲げる様子は、サイクルロードレースファンにとっての非常に尊い光景。

 

これで勝利数は33、史上最強の自転車選手として讃えられるプロ通算425勝を誇るエディ・メルクス(その名声はブリュッセルの地下鉄の駅名にもなっている)のツール・ド・フランス通算勝利数34勝まであと一歩となった。

 

 偉大な先人の記録が近付く度に「その話はやめてくれ、初めて勝った時と同じ、単なる1勝に過ぎないよ」と頭を振ってインタビューに応えるカヴェンディッシュの表情は、貪欲な狼たちのリーダーとしての自信に溢れたそれであった。

 

 スプリンターとしてフィニッシュを獲るという至上命題を課せられたライバルチームのエースも黙ってはいなかったが、ツール・ド・フランスの平坦ステージ知り尽くした狼の群れは芸術的な手練手管でそれらを捻じ伏せ

(何せ最終日のシャンゼリゼで自由を得たユンボヴィズマのスプリンターがやっとカヴェンディッシュに土を付けるまで、誰一人として何一つ有効な攻撃を彼に仕掛けられなかったのだから)

 第13ステージ、遂にカヴェンディッシュは伝説のレーサーの記録……ステージ34勝に並んだ。

 満面の笑みで、チームメイトの献身的なアシストへと、精いっぱいの賛辞をインタビューで贈ると(エースとして行う事で、アシスト選手たちが内外から正当な評価を貰えるようになる)、カルカソンヌのフィニッシュエリア中にカヴェンディッシュへの祝砲代わりのクラクションが鳴り響いた。

 

 長く続いた、手掛かりになる灯りも少ないトンネルを、自らの執念の炎を頼りに走り抜けたその先には

 かつて自分の手に収まっていたスプリントポイント賞が、以前の持ち主の”合流”を待っていた。

何せ彼にとってはこれは到着点ではく、これからも走るであろう道の中間地点なのだから。
(結果的に新記録を打ち立てる夢は、今年のシャンゼリゼに置いていかざるを得なかった)

 

 大会前、誰がこの光景を想像しただろう。
「おっさんになったカヴェンディッシュが今年のツールで復活する」
 なんて言われて、誰がそれを信じるだろうか。
 だけど、実はみんながそれを待っていたのだ。

 

 

くぅー疲れました(定型文)
 久々の日記で推しの復活に対して感情が爆発した結果、自分で読み返すのも躊躇する長さになってしまいました。
 総合優勝は大会前から分かりきっていた路線が、更に重なったトラブルで強化され、何一つスリルがなかったのだけど、とはいえ毎年何かしらのドラマが起こるのがツール・ド・フランス
 来年もきっと、想像以上に騒がしいレースとなるのでしょう。
 筆が乗りすぎて手首が痛いので、ここらで。Merci.

 

 

 

 

 

 

 

 

 以上が去年のツール・ド・フランス直後に書いた日記。

 感情豊かなカヴェンディッシュという選手は、決して全ての選手のお手本になれるキャラクターではないけど(ちょっと勝利に貪欲になり過ぎてダーティーワークもしてしまう事で有名)、華やかな実績の裏では、数多くの困難とのストラグルを乗り越えてきた魅力もあり、個人的には勝てなかった期間でも目が離せなかった選手でした。

 

さて、2022年のツール・ド・フランスの開幕ももうすぐに迫ってきました。

今年は去年のブエルタ・ア・エスパーニャで復活の狼煙を上げて、常勝軍団(と言いつつ春のクラシックでほとんど勝てなかったんだけど)のエースへと成長したヤコブセンとの共存は出来るのか(2008年のジロで、チームメイトのグライペルと助け合いながら勝ちを分け合った時のようにはいかんと思うけど)。アラフィリップのアルデンヌクラシックでの落車での怪我の経過によっては、ウルフパックはロースターの調整がとても難しくなると思われますが、これはこれで楽しみ。

今年も極上の23日間を存分に楽しむゾイ!!